■日 時: 2022年12月1日(木)午後6時30分~午後8時30分
■場 所:専修大学神田キャンパス731教室(7号館3階)※リモートはなし
■報告者:西土彰一郎(成城大学)
■討論者:山田健太(専修大学)
■司 会:本橋春紀(日本民間放送連盟)
■共 催:専修大学現代ジャーナリズム研究機構・ジャーナリズム学科
■企画趣旨
ドイツにおいては、従来の放送州際協定に代わり、2020年11月にメディア州際協定が発効した。放送規律の単位を各州に置くドイツの制度において、州際協定は日本における放送法に相当する役割を担う。
西土会員は、論文「放送概念のプロセス化―ドイツ・メディア州際協定を参考にして―」(『情報法制研究』第11号)において、①州際協定の「放送」概念から「電磁波を用いる」との定義が外されたこと、②「ジャーナリズム的・編集を経て制作されたもの」が組み入れられたことを紹介したうえで、放送(リニアサービス)、テレメディア(ノンリニアサービス)の規制のありようを分析している。
本研究会においては、西土会員からメディア州際協定にもとづくメディア規律の概観を示していただいたうえで、特に公共放送によるテレメディア提供物に課されている規律と保護を中心に議論を進めたい。「ジャーナリズム」概念が、「放送」の定義に導入されたことが、具体化されるポイントであるからである。
放送は電波を用いるという技術的与件により、その存在を定義してきたが、デジタル技術の進展により、もはやそれは困難である。公共放送に関するドイツでの議論は、「放送」概念の再定義につながっている。西土会員は、「放送の概念は、ジャーナリズム倫理を含む法的枠組みを超えた次元との接触を保つことにより、不確実性の処理を可能とする。この意味で放送は、法の概念空間と技術や倫理の概念空間を媒介する一種の「インターフェース・マネージメント」の機能を果たしているのであり、今後も果たしていくであろう」と当該論文を結んでいる。
現在、日本においては、総務省が「デジタル変革時代における放送制度の在り方に関する検討会」を置いて、公共放送NHKのインターネットサービスの在り方について検討を進めている。日本とドイツでは、放送をめぐる法体系に大きな違いがあるが、公共放送が行うインターネットサービスの外延をどのように定めるかという点において、その課題は共通する。
本研究会における「放送」と「ジャーナリズム」をめぐる議論が、日本の政策検討を批判的にみる視座を提供することを期待している。
【開催記録】
■記録執筆者:本橋春紀
■参加者:26人
西土会員から「放送概念のプロセス化―ドイツ州際協定を参考にして」と題して約1時間の報告、山田会員による論点整理、その後、参加者を交えた意見交換があった。
西土会員は、まずドイツのメディア州際協定を以下のとおり、概説した。
- 2020年11月7日に発行したドイツのメディア州際協定は、放送と通信の融合の下で意見の多様性を保障すること目的としている。放送概念に導入された「ジャーナリズム的・編集」は、意見形成に貢献する提供物の制作と時宜にかなった計画的な活動を意味している。
- 放送は、普及作用、即時性、高い信憑性の外観により、意見形成の自由に対して卓越した意義を有している。
- 広告およびクリック数により資金調達を行っているプラットフォームビジネスは操作の可能性と集団分極化をもたらす。公共放送は、慎重に調査した信憑性のある情報提供により、事実と意見の区別を維持し、現実を歪めずに描写し、センセーショナリズムに走らず、多様性を確保して社会に方向を示す機能を果たすべきであるというのが、連邦憲法裁判所が示した判断である。州際協定はこれを引き継いだ。
- 州際協定はメディアを次のとおり類型化し、それぞれに合わせた規制を設定している。
- 放送(リニア情報・通信サービス)
- テレメディア(ノンリニアサービス)
- メディアプラットフォーム
- ユーザーインターフェイス(スマートテレビやAI音声アシスタントの機能で、利用者がチャンネルやアプリを選択する画面のデザイン)
- メディア媒介サービス(検索エンジン、SNS、ユーザー生成コンテンツポータルサイト、ブログ・ポータルサイト、ニュースアグリゲーター)
- すべての世帯・事業所から徴収される負担金を主な財源とする公共放送に対しては、州際協定の目的に沿った放送番組およびテレメディアの提供を義務づける。公共放送が提供するテレメディアに対しては、教養、情報提供、助言および娯楽に資するものであることを求めるなど、放送番組と同様の規制が課せられる。また、プレス(活字メディア)に類似した提供が禁止されている。
- 「メディアプラットフォーム」「ユーザーインターフェイス」「メディア媒介サービス」は意見の多様性に大きな影響を与えるため、平等なアクセス、透明性、「放送」を見つけやすくする措置――などのさまざまな措置が講じられている。
更に、西土会員は日本における議論への示唆として、「ドイツにおいては法的枠組みを超越した次元にあるジャーナリズム倫理を基礎として、意見の多様性(公共放送が果たすべき役割)の判定がなされる手続きが決まっている。別の視点からみると、放送が、法の概念空間と倫理の概念空間を媒介する一種の『インターフェース・マネージメント』の機能を果たしている。公共放送は、知る権利の充足を基底に据える放送法制の価値と、構成・統制原理の作用による制限のもとで、十分な尊重を受けるべきである。その一方で、印刷媒体をはじめとする各メディアのジャーナリズム実践の知を尊重することが求められる」と指摘した。
以上の報告を受けて、山田会員は、①放送に求められる「ジャーナリズム的・編集」はジャーナリズム活動全般に拡張できるのか、②ゲートキーパー規制において公共性はどう定義されているか、③ジャーナリズム倫理を法枠組みがいかに包摂しうるのか、④多様性はゴール、透明性は手段、公然性は前提と思われるが、日本においては透明性、公然性が出てこないことをどう考えるか、⑤ドイツでは行政の中立性が保障されているが、日本では歯止めがない。その状況下で放送の「プロセス化」が行われた場合、どうなると考えるか、⑥日本の場合、広くマスメディアが存在することで緩やかな社会的合意が形成されてきた現状があることをどう見るべきか――との問題提起を行った。
意見交換においては、西土会員から山田会員への応答として、放送法4条(いわゆる放送番組の編集準則)が倫理的規程として存在し、日本においても倫理と法制度が緊張関係をはらみながら接していることの指摘や、独立行政委員会の問題は避けることができず、現実的にはNHK経営委員会改革が焦点になるなどの見方が示された。
会場からは、インターネット上で「放送」を見つけやすくすることをプレス(活字メディア)との対比でどう考えるのかとの質問や、法規制と倫理が接続する1つの事例としてアメリカにおけるフェアネス・ドクトリン(現在は廃止)の運用があったのではとの意見などが出され、討論者の山田会員を含む参加者との間で活発な意見交換が行われた。
西土会員はむすびに、森有正の言葉を引用しつつ、個々のジャーナリストによるジャーナリズムの実践が経験として積み重なることにより、ジャーナリズムの内実(思想)が作り上げられていくとの示唆的な指摘を行った。
ドイツの複雑なメディア法制度に関する簡潔にして十分な報告を契機に、有意義で深みのある議論ができた。この場を借りて、報告者、討論者、参加者に御礼を申しあげたい。