第38期第34回研究会「日本と韓国における雑誌メディアと男性性の現在」(メディア文化研究部会)【開催記録】

■日 時:6月16日(金曜日)午後4時~6時
■場 所:東京工業大学大岡山キャンパス西9号館203号室+Zoomによるハイフレックス開催
■報告者:小平沙紀(東京大学大学院)、小埜功貴(東京工業大学大学院)
■討論者:辻泉(中央大学)
■司 会:北村匡平(東京工業大学)

■企画趣旨:
男性のジェンダー規範は現代、劇的に変化している。そのことによって従来の「男らしさ」とは異なる価値や美意識が見出され、逆に男性性の変質による「生きづらさ」も生み出されている。メンズリブ組織も時代とともに隆盛し、衰退してきた。近年のアイデンティティ・ポリティクスの盛り上がりの中で、メディア研究でもジェンダー/セクシュアリティを対象とする研究がいっそう増えているように感じられる。そこで本研究会では日本と韓国における男性性に関する事例についての報告を通じて議論を深めていきたい。

韓国男性の美意識は非常に高く、男性用化粧品国民一人当りの売上高は世界第一位を誇る。国内の男性向け美容産業の成長は著しく、市場規模は2010年からの10年間で約2倍にまで成長し、美容整形の男性患者も年々増加している。小平沙紀氏(東京大学大学院)の発表では、儒教規範に基づく家父長制および徴兵制など、歴史的に男性優位とマチズモが特徴とされてきた韓国社会において、それらと一見、矛盾するような韓国男性の活発な美容実践がどのような文脈により生成されてきたのかを明らかにする。とくに本発表では、近年、韓国において美容業界の新たなターゲット層として注目されている男性軍人の美容実践に着目し、インタビュー調査から明らかになった軍隊内の美容実践の実態と、軍隊で講読されている軍人雑誌『HIM』における美容整形外科・化粧品広告の考察を試みる。こうした考察により、現代韓国において軍人の身体がどのように眼差され美容実践が推し進められているのかを明らかにしたい。

メンズリブ(Men’s Lib, Men’s liberation)とは1960〜70年代の第2波フェミニズムのなかで台頭した女性解放運動[ウーマンリブ]から派生した、抑圧的な性規範としての男性性からの解放を目指す思想および運動のことを指す。日本では1990年代を中心に全国各地でこの思想に則った男性同士の対話コミュニティーが形成された。しかし、このメンズリブは2000年代には全国的に衰退の一途を辿り活動終了が相次いでしまう。既存の男性学・男性性研究はその原因として、男女平等に関する政策やそのような社会の動きに対する保守派によるバックラッシュや、運動を担っていた団塊世代からの若い世代への引き継ぎの失敗や両者における興味の差異、1990年代末から2000年代末までの経済成長によって男性性について振り返る動機が希薄化していったことを挙げている。けれども、この因果関係を結びつける根拠はまだ提示されておらず仮説の域を出ていない。小埜功貴氏(東京工業大学大学院)の報告では1990年代における主要メンズリブ組織「メンズリブ研究会」の発行する機関紙を用いて、活動の盛衰についての経緯や、組織への新規動員を阻むコミュニティー内部の閉鎖性や特殊性について分析する。

本研究会では、上記の二つの報告の後、若者文化とメディア、男性性に関する研究を進めてきた辻泉氏(中央大学)からコメントをいただき、メディア研究と男性学に関わるさまざまな知見を広げられるような研究会にしたいと思う。

【開催記録】
■記録作成者:北村匡平
■参加者:55名(会場+Zoom)

本研究会では、まず小埜功貴氏より「1990年代メンズリブコミュニティー「メンズリブ研究会」における衰退原因についての機関紙分析」の研究報告、続いて小平沙紀氏より「韓国男性の美容実践と義務兵役――軍人雑誌の考察から」の研究報告があった。両研究発表を受けて、討論者である辻泉氏より、それぞれの発表に対するコメント・質問をいただいた。

まず小埜氏に対しては、対象としている雑誌の紙の大きさやページ数、配布形態など資料に関しての基本的な情報、全体の記述に対する否定的な記述の量など資料そのもののメディア的特性の確認があり、否定的な言説を抽出した方法論の点での質問があった。小埜氏はメンズリブ団体が多様化したことによる空中分解が起こったという先行研究の仮説に対する疑問があったこと、会に対する懐疑的な発言がたびたび見られたことをあげた。応答を通して、ポジティヴな記述もあったのにもかかわらず、衰退していった継承に関する部分を広いコンテクストから捉え直す必要性を共有した。

続いて小平氏への発表に対しては、同様に雑誌メディアの基本属性の確認があり、グラビアの位置や切り抜きを前提とした使用などモノとしての特徴を捉える分析のアプローチ、記事数をグラフ化するよりもパーセンテージで示すことの妥当性、アーヴィング・ゴフマンや上野千鶴子など先行研究と関連づけたヴィジュアルの研究の可能性など、方法論に関する助言があった。最後に両発表に対して、精緻な内在的分析に加えて、外在的な視点から相対化する視点や通時的・共時的な比較分析、メディア論や社会運動論にも広げられる可能性についてアドバイスがあった。

その後、Zoomを含むフロアからの質問・コメントを受け、意見交換を行った。小埜報告に対して、メンズリブ研究会では、ピアグループ、ピアカウンセリングの場としての自己規定はどの程度あったのか、小平報告に対して、異性愛主義や通過儀礼などとの関係で韓国男性の美容実践を検討する方向性が示されたが、より自己充足的・自己目的的な美容への指向は、これまで分析された資料群から読み取れなかったのか、という質問があり、前者に対してはメンズリブ団体では自己規定はかなりあり「ピアカウンセリング」という言葉も出てきたこと、後者に対しては男性と女性の整形の動機の違いや、韓国男性の美容実践の特徴は就職、結婚などの動機が見出される点があげられた。

他にも韓国で軍隊を体験した視聴者から当事者として化粧を使った経験や軍隊という団体性におけるヒエラルキーの話の共有や、先行研究の言説が強すぎてメンズリブが衰退したという前提で歴史が語られてすぎており、それに依拠せずにデータを活用する今後の展望など、今後の研究に有益な議論が行われた。その後も会場では日本と韓国のメイクに対する意識の差異や、見られる客体であることへの嫌悪感や美意識が高いことへの恥の感覚について活発な議論が展開された。今回の研究報告は、韓国と日本という隣国における特定の集団で読まれる雑誌メディアの事例分析であったが、両国の男性性に関する意識が相対的に浮かび上がり、メディア文化を研究するときの方法論についても有意義な議論ができた。