第39期研究会「関西からドキュメンタリーを考える」(放送研究部会)【開催記録】

■日 時:2024年6月7日(金)19:00~20:50

■場 所:上智大学大阪サテライトキャンパス(大阪市北区豊崎3-12-8)

     ※オンライン併用

■報告者: 藤田貴久(朝日放送テレビ)、橋本佐与子(毎日放送)

■討論者:音 好宏(上智大学)

■司 会:長井展光(同志社女子大講師)

■企画趣旨:

 ドキュメンタリーの映画化や動画配信が進むなど、あらためてその存在が見直されている。特に地方発の番組が注目されている。テレビ朝日系の「テレメンタリー」は元々、朝日放送制作の関西ローカル枠として32年前にスタートしたものが、その後、参加局数を増やし全国の局が参加する系列の番組へと進化していった経緯を持つ。一方の毎日放送「映像」シリーズは1980年代にスタートし、単局の番組ながら取材対象は全国に及び、近年、映画化される作品も出てきた。また他在阪局でも活発にドキュメンタリー制作が続けられている。

研究会では、東京制作とは違う、制作の視点・手法、制作者が抱く思い、抱える悩み・問題点を解き明かしていくことを通じて、近年の経営環境の悪化に伴う地方局の制作力強化、地方発の情報発信強化が求められる中で、地域密着型の「ドキュメンタリー」枠の在りよう、今後の展開を考える。

 この研究会は、上智大学メディア・ジャーナリズム研究所「関西メディア・ジャーナリズム研究会」との共同開催。

【開催記録】

■記録作成者:長井展光

■参加者:48名(会場+Zoom)

本研究会ではまず、音好宏氏から趣旨の説明があり、続いて橋本佐与子氏、藤田貴久氏から各々取り組んできたドキュメンタリー番組・シリーズについて報告があった。これを受け音好宏氏から中括りの発言、続いてフロアを含む全体討論が行われた。

 最初に橋本氏は毎日放送「映像」シリーズの歩みを説明。本シリーズが近畿のみならず全国を取材対象にしていることについてエリア外の取材はしがらみがない、課題や問題を俯瞰で見ることができるというメリットがある一方、取材費がかかるという問題があると述べた。また番組テーマは硬軟織り交ぜた内容を取り上げ、制作者もドキュメンタリー制作部署のディレクターもいれば、若手の報道外勤記者が日々のニュースで取材した案件から番組化したいという提案を取り上げるなど多様化を図っていると述べた。放送枠が月1回日曜深夜から早朝に移り、プラスして深夜の再放送もするようになった。高い評価を受けた「振り切った」作品には「制作者の熱量と構成の妙」が込められていると結んだ。

 続いて藤田氏は「テレメンタリー」の歩みについて、「平成新局」と言われる新しい局が多いテレビ朝日・ABC系列(編注・両局がキー局となっている)であるので報道番組制作のノウハウの蓄積がなかったと述べ、系列局の制作能力をアップさせるため支援に出張したり、各局が分担金を拠出したりして制作局を支援する仕組みを作ったことなどを報告した。さらにテーマの選定に当たってはキー局から出された企画であっても内容によっては不採択とするなど、フェアで内容中心に決めてきたこと、各局制作者の会合を持ち合評、情報交換につとめ、賞を設けたり、配信を始めたりするなど制作・運営上の苦心・苦労を語った。またテレビ朝日とABCの“文化の違い”について、前者が情報番組(モーニングショーなど)に強いのに対し、後者はドキュメンタリー制作の実績があり、エリア内の問題、ひとの生き様を描いてきた、と整理した。また在京局の「洗練された作り」に対して、「記者のこだわり、取材対象との距離感、情報中心ではなくシーンを大切にしてきた」という違いも指摘した。「テレメンタリー」でローカル局の制作者からは「ニュース取材では(老舗局に)負けるけれどもドキュメンタリーなら勝負できる」という意識が出てきたこと、配信で収益を上げ、映画化するものもでてきたことが報告された。

 音氏は中括りで、ABCが1995年に、戦後の放送制度の骨格を作ったフランク馬場氏やクリントン・ファイスナー氏らが登壇する戦後50年企画「検証 戦後の放送改革」というシンポジウムを開催したことに言及。ファイスナー氏と個人的な交流もあった音氏は、ファイスナー氏が「戦後、NHKだけから民放併存へ。民放は県域単位とし、異なるビジネスモデルで競争していくことで多様なメディアサービスが実現することをめざした。40年経つと思いとは違い、NHKは民放と同じような番組作りになり、民放は東京集中型になってしまった」と評していたと紹介した。大阪はそれなりの地域経済力があり番組制作能力がある。一方、現在はテレビとのアクセスの仕方が変わってきている。ビジネスモデルが変わりつつある。放送と動画配信では、その社会的責任、役割の違いが改めて問われている。他方、最近、動画配信事業者のなかには、公共性の高い長尺のドキュメンタリーも流そうという動きもある。ビジネス的にも合致するという。ドキュメンタリーを取り巻く環境は変わってきているのではないか。“日本のドキュメンタリー”の昨年の最大の話題作は「J-POPの捕食者」だろう。ジャニー喜多川氏問題を明らかにした英BBCの番組だが、元々は日本人制作者メグミ・インマン氏が企画し、それを扱ってくれたのがBBCであった訳だ。独り立ちするドキュメンタリストをどう大事にし、財産として顕在化させるか。「映像」、「テレメンタリー」が各局の制作者を育て、発掘していくことが重要ではないかと述べた。

 ここから討論に移った。フロアには在阪他局・NHKのドキュメンタリー・報道番組制作者、編成担当者が揃い、活発な議論が行われた。「一度、放送枠を手放してしまうと復帰させるのが大変、以降の制作体制確保が大変」「ドキュメンタリーは“お涙頂戴”ではない。ファクトなのかヒューマンなのか正解はない」「動画配信で新たな層も見るようになり“オワコン”と言われるテレビがそうではないことを示せた」「深夜の放送では若い人にリーチできていない。夕方のニュース前に放送すると反響が大きかった。しかし深夜に見たいという層もある」「全国ネットのドキュメンタリー番組は決してキー局の番組ではなく系列各局の番組だ」「配信用超短尺ドキュメンタリーは若い人に見てもらう“とば口”。ただし“お涙頂戴”ではなく内容は吟味する」「朝枠にかわって方向性の変化は?>新たな視聴者を取り込める。そこが入口になって様々なラインアップの作品を見てほしい」「人が出せないローカル局もあるので局を越えた企画提案などをしたい」「在阪局のドキュメンタリーは女性が頑張っている印象がある>結婚、出産、子育てと頑張ってきた先輩がいる。今で言うパワハラ、セクハラが当たり前の時代だったので、男性社員からは『その先輩のようになるな、子供が3歳になるまで子育てに専念すべし』のようなことを言われたこともある。育児しながら出来る仕事、出来ない仕事を切り分けてみんな頑張ってきた」「来年の阪神淡路大震災30年に向けてNHK民放で共同の取り組みをしている。それ以降も連携を深めていきたい」「(後発局だが)月1回、土曜昼前に番組を作った。体力がない局なので大変だが、枠があれば現場は作ってくれる、生み出し続けることに価値があると考えている」などの発言があった。

 最後に音氏が「複数の視点を持って作っていることの価値を改めて感じた」と締めくくって研究会を終えた。