国際シンポジウム International Symposium


国際シンポジウム

民主主義とテクノダイバーシティ
(国際委員会企画)


基調講演者:ユク・ホイ(エラスムス大学ロッテルダム)
討論者:四方幸子(キュレーター、日本美術評論家連盟会長)
討論者:ポール・ロケ(MIT)
司会者:毛利嘉孝(東京藝術大学)
逐次通訳(英語・日本語):田村かのこ


 民主主義の「危機」が叫ばれて久しい。近代的な議会制民主主義の限界の露呈、人種や階級、ジェンダーやセクシュアリティによる社会の分断、権威主義的国家の台頭、ポピュリズムと商業主義の全面化による公共圏の衰退、そして世界中で広がりつつある暴力、戦争や環境問題などを前にして、民主主義の「危機」はかつてないまでに深まっているように見える。かつて新しい民主主義をもたらすと信じられたインターネットに代表されるデジタル・テクノロジーも、今ではこの民主主義の「危機」に加担しているように感じられる。本シンポジウムでは、この民主主義の「危機」の時代に、民主主義とテクノロジー、そしてそれを取り巻く哲学や思想、文化や芸術、そして美学や環境の関係をあらためて議論したい。

 基調講演者のユク・ホイ氏は、これまで普遍的なものと考えられてきた「西洋」のテクノロジーを批判的に捉え直し、別のテクノロジーの複数の起源やあり方に注目することで、西洋哲学全体を批判的に再編成しようとしてきた。基調講演では、西洋哲学におけるテクノロジーの問題を再検討することで、現在の民主主義の危機の問題と西洋中心主義的な民主主義に代わる新しい政治のあり方を模索する。
 ユク・ホイ氏の報告を受けて、討論ではテクノロジーをめぐる文化実践、メディアアートやメディア文化の最近の動向から、近代主義的・西洋中心主義的な民主主義とテクノロジーを超える、別の可能性を検討する。
 第一討論者の四方幸子氏は、メディア・アートを中心にキュレーションと批評を行ってきた。特にテクノロジーと哲学思想、アート、そして自然をめぐる自らの実践と批評をもとに、民主主義とテクノロジーの未来を考える。第二討論者のポール・ロケ氏は、音楽やゲーム、文学、VR や AR などの日本のデジタル・メディア文化を対象にして、日本独自の主体形成やメディア、社会の権力編成を分析してきたメディア研究者である。特に近年の日本のメディア文化を参照点としながら、日本型のテクノロジーのあり方とそこから生まれる政治について議論する。


ユク・ホイ基調講演要旨:

 今日、私たちは、生態系の危機と地政学的不安定が示す終末的な結末を見通すことが難しく感じている。生態系の危機も地政学的危機も、テクノロジーの問題に端を発している。言い換えれば、技術の破壊と加速に基づく経済的・軍事的競争が激化の一途をたどっている様子を目撃しているのだ。デジタルへの移行は、約束されたユートピアをもたらしたようには見えない。それどころか、社会的、経済的、政治的、美的生活のあらゆる領域を効果的に破壊している。ChatGPT は、そのもっとも適切な最近事例かもしれない。もし民主主義が、社会の発展を方向づけるための参加と関与の可能性を意味するのであれば、この絶望的な状況は今日、民主主義について語ることを困難にしている。ひとたび民主主義が単に形式的で機械的なものになれば、絶望は暴力と自己破壊として表出する。本講演では、テクノロジーと民主主義の関係を再検討し、私がテクノダイバーシティと呼ぶものの観点から再考することを提案する。(要旨翻訳:毛利嘉孝)


登壇者プロフィール

【基調講演者】
ユク・ホイ:エラスムス大学ロッテルダム哲学教授。香港出身。「哲学と技術のリサーチネットワーク」主宰。ロイファナ大学リューネブルク校でハビリタツィオン(教授資格)を取得。中国美術学院および香港城市大学創意媒体学院を経て 2023 年より現職。著書に『中国における技術への問い』(2017 年/ゲンロン、2022 年)、『再帰性と偶然性』(2019 年/青土社、2022 年)などがある。ユク・ホイは、香港とベルリンを拠点に、テクノロジーの問題を批判的に議論する現在国際的にも最も注目されている気鋭の哲学者であり、その著作は十数カ国で翻訳されている。


【討論者】
四方幸子:キュレーター/批評家。「対話と創造の森」アーティスティックディレクター。多摩美術大学・東京造形大学など多くの大学で教鞭を取る。「情報フロー」というアプローチから諸領域を横断する活動を展開。1990 年代よりキヤノン・アートラボ(1990-2001)、森美術館(2002-04)、NTT インターコミュニケーション・センターICCと並行し、インディペンデントで先進的な展覧会やプロジェクトを多く実現。近年の仕事に札幌国際芸術祭 2014(アソシエイトキュレーター)、茨城県北芸術祭 2016(キュレーター)など。

ポール・ロケ:マサチューセッツ工科大学(MIT)比較メディア・スタディーズ准教授。人文科学の立場から日本の没入型メディアを研究。初期の研究 Ambient Media: Japanese Atomspheres of Self (Minnesota University Press, 2016)とでは、アンビエント・メディア(音楽/文学/映像)を研究対象とし、視聴者を取り巻く個人的雰囲気・空気について、現代日本の新自由主義的である癒し文化に即して分析・考察した。最新の著作 The ImmersiveEnclosure: Virtual Reality in Japan (Columbia University Press 2022)では、VR(バーチャル・リアリティ、仮想現実)、AR(拡張現実)などの没入型メディアの日常生活に対する影響に焦点をあてて研究を進めている。


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